「五月晴れの荒地山〜東西お多福山」 【07年6月7日一部再改訂】

07年5月11日(金)

国土地理院地形図:25000分の1「宝塚」、「西宮」、昭文社・山と高原地図「六甲・摩耶」を参照して下さい。

 ※ 今回のレポを完成、改訂するにあたり、読者の方にご投稿をいただいたことが大きな助力になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。


 いつも霞んでいるのが普通だがこの日は前日から空気がけっこう澄んでおり、こういう日にはやはり好展望のところを歩きたいということで荒地山が思い浮かんだ。
中でも以前に下りで歩いたことのある道畦谷北尾根(弁天岩分岐から下は未踏)を登って、十三間四方岩付近で展望を楽しもうと思い計画したのが今日のルート。
しかしこの計画には一つ穴があった。道畦谷北尾根への取り付きをうっかり確認していなかったのである。以前歩いた時は下りの途中で弁天岩方面へ進路変更したためだ。
弁天岩から少し南の好展望の岩場のある分岐から登るのでは、と前回歩いた時のレポで自分自身が記述していたのを後日確認したが、この時は忘れてしまっていた。

 ということで地形図から、十三間四方岩の場所とそこから派生する尾根は分かるので、その末端辺りの場所を特定して取り付きを探すという作業を行うことなった。
結果から先にいうと、尾根に取り付くのが僅かに南にずれて、全く違う尾根を登ることになってしまった。登山中にそのことを気付くのはずっと後になってからだが、
レポの中では正しい情報と、思い込んでいた情報を併記する形を、写真には正しい情報のみ載せることにする。


 なお、前回歩いた記録は「06年5月4日 打越山〜荒地山」のページに掲載中。
 さらに播州野歩記さんでは「弁天岩から荒地山横断、そして迷いの森へ」で荒地山をだいたい同じルートを歩かれています。

 そして、山と渓谷社「六甲山」 P.34 「塩尾寺から六甲最高峰」、P.46 「白石谷から六甲最高峰」、P.54 「芦屋川〜荒地山」、の情報も一部参考にしている。


6:45 阪急芦屋川駅出発

 クレーンに遮られている鷹尾山を正面に見る、住宅街の分岐で右の川沿いの道を進む。山へ入るまでは殆ど平坦で、高座の滝へ向かう道とは対照的だ。


7:03 動物霊園北の川原

 突き当たったところがこ広くなっている川原。ここでウォーミングアップをして山道に入る。最初の階段だけはやや急だが、そこを抜けるとあとは全体的には緩やかな登りの山腹道となる。
芦屋川を右の足下に見下ろしながらの山腹道でとても気持ちが良いトラックだ。なお黙々と歩くだけではなく、道畦谷北尾根の取り付きを探す必要から地形図で現在地を確認しながらとなる。
殆ど景観は開けないが、上空を送電線が3本通過することを現在地確認の目安にしていた。


7:56 宝泉水から尾根(実は道畦谷北尾根ではなく、道畦谷左俣東尾根だった)に取り付く

 宝泉水から明瞭な踏み跡が登っていくのを発見。
ここから間違ったのだが、ここへ迷わずいきなり登っていったのではない。宝泉水から少し先へ進んだところで堰堤を見つける。堰堤も現在地確認の手がかりになり、それに注目していれば間違わなかったが・・。
ここで上空を横切る3本目の送電線(東のごろごろ岳山腹で北へ曲がる特徴がある)が目に入り、実際には通過したところだったと思うが、かなり北へ進んだと思ってしまった。
これで「既に十三間四方岩へ通じる尾根の末端付近に到達していた。」、「先ほど通り過ぎた宝泉水から登る踏み跡があった」という思考が働き、少し戻って登り始めてしまった。(左)

 宝泉水からの踏み跡もけっこう明瞭でマーキングも豊富。そしてコンパスでも確認すると(たまたまだが)進行方向も合っていた。すっかり道畦谷北尾根のトラックを登っていると思ってしまった。
宝泉水前の急坂を登るとすぐに谷沿いの平坦な山腹道となる。(この谷こそが道畦谷であり、その右岸を通っているわけだから北尾根ではないのだが、この時は思い込みのせいで気が回らなかったと思う)
少し奥へ進むと、左手上方へ踏み跡が登り始める。(右) これですっかりこれから北尾根へ登っていくのだと確信してしまった。(実際に尾根に登るのは間違いないが北尾根ではなく左俣東尾根)



道畦谷左俣東尾根の急坂

 細いが踏み跡は明瞭、マーキングも豊富で、以前から知っている方は知っているといったようなトラックだろうか。
のっけからロープ場の連続、岩登りでまさに自然のアスレチックだ。結果的に間違って登った左俣東尾根だが、登っていてとても楽しい時間だった。
後日、リトライで道畦谷北尾根を登ることになるが、登る楽しさはどちらをとっても遜色はないと思う。


8:36 見晴らしの良い、平坦な岩尾根に出てくる

 ごろごろ岳と鷹尾山から始まる城山尾根を左右に見る景観が広がる。景観が1年前の記憶と殆ど同じだったことで、一つ南の尾根を登っていることに全然気付いていない。

 展望地を過ぎると正面に荒地山を目前に見ながらの痩せ尾根通過となる。この辺りが道畦谷左俣東尾根のハイライトといって良いだろう。まさに自分好みのシチュエーションに出会えて大満足。
結果的には間違って登ってきたのだが、この景観に出会えたことはケガの功名というべきか幸運だったというべきか。いや幸運な偶然だったということにしておこう。

 すぐ南に城山尾根をバックに堰堤が見えていたことから(北にも大きな堰堤あり)、地形図では2つの堰堤に挟まれた細い尾根辺りを西へ進んでいたことになると思う。
谷を挟んで北にも尾根が見えたが、この時は当然弁天岩方面へ下る尾根だと思っており、あの尾根こそが実際は登るつもりだった道畦谷北尾根ではないか、などとは全然考えなかった。



荒地山本体への急登にかかる

 残念ながら道畦谷左俣東尾根のハイライトの痩せ尾根はすぐに終わって、荒地山の山腹に広がる森へ突入する。(左)森へ入ると落ち葉で踏み跡は殆ど残っていないが、
木々のマーキングは豊富で辿るのは容易である。この時に頭にあったのは、「もうすぐ弁天岩から直登してくるトラックと合流するだろう」ということだったが、結果的には当然合流してくる
トラックは無かった。結果を知っている記述中の今となっては重大な相違点であるが、この時は軽い違和感を覚えつつも、「毛虫とかに気をとられて見過ごしたか」と考えてしまった。

 この分岐点を見過ごしたと思ったことが一つ目の違和感。


 森登りはさほど長くなく、ほどなく巨石が点在するエリアに突入する。(右)
道畦谷左俣東尾根の2つ目のハイライトの好展望の巨石群だが、この時はまだ道畦谷北尾根を登って十三間四方岩の下部に辿り着いたと思っていた。


9:03 巨石のテラスで一休み

 真冬のレベルまではいかないが、紀淡海峡まで目視できるくらいに澄んでいる。大阪平野を挟んで生駒の山々の輪郭が見えた。
少々日差しがきついが、風は涼しくて気持ちよかった。急坂で乱れた息を充分に整えるくらい休憩する。

 景観と高度感を楽しみつつも、ここでも2つ目の軽い違和感は感じていた。「この岩のテラスは全く見覚えが無い」、「(十三間四方岩下にある)三角形の巨石が無い」
でも考えたことは「十三間四方岩の岩場の範囲はけっこう広いから、まだ通り過ぎていないのかも」ということだった。


 広い岩場の間を縫うように、時にはロープに頼りながら登っていく。しかし、違和感は感じていた。「もっと広がりのある岩場だったような記憶があるが・・」
思ったよりも岩尾根が狭いような感じがした。それでも時折振り返っては、そこそこ澄んだ景観を楽しみつつ岩登りを続ける。(左)

 しばらく登ると南から西へ大きく視界が開ける岩場に出てきた。間近に風吹岩や打越山、遠くに明石大橋の橋脚までうっすらと見える。(右)
ここで感じた違和感は「荒地山本体の岩のガケが北に見えてくるはずだが・・」でも「十三間四方岩の周囲の岩場は広大で、登っていったら上部の岩場から見えるだろう。」と思った。
間違って登ったのではあるが、岩場からの景観の広がり具合は、荒地山本体に西方の視界を塞がれない道畦谷左俣東尾根に軍配が上がるだろう。

 ここからトラックは森歩きになるが、この時の感覚は「森を抜けたところでまだ上に岩場がある」ということ。事実、十三間四方岩周辺の岩場は、森歩きを挟んで上下に分かれており、
いわば二部構成となっている。だからすぐに左手に視界が開けてくると思って、そちらのほうに注意を払いながら緩やかに森の中を登っていった。
結果からいえば、鷹尾山から荒地山へ登ってくるトラックにいつの間にか合流していたのである。(合流点は分からないがおそらく岩場の中だろうか)
一つはっきりしていることは「岩梯子」、「新七衛門くら」は通過していないことだ。ということはそこより上の岩場のどこかで、いつの間にか合流した可能性が高い。

 今まで城山尾根を下りで歩いたことはないが、岩場で進行方向を間違わないようにしないといけないだろう。本当に詳しい人でないと岩場は迷路も同然だと思う。

 この荒地山のメイントラックといえるルートは05年12月9日(荒地山〜東お多福山〜甲南山手)に一度歩いたことがあるが、既に一年半以上経過しており、
記憶がおぼろげになっていてデジャヴは感じなかった。ということで予想していた上部の岩場はもちろん無く、程なく辿り着いたのが・・・


9:45 荒地山山頂東の分岐

 まさにワープしたかのような錯覚を覚えた瞬間だった。そして初めてルートを間違っていたとはっきり認識した瞬間だった。
さらに上記の全ての違和感が一気に思い起こされ、取り付きから間違えたとすぐに思い至った。NZで山歩きを始めてからこれまでにこんな大きなミスをしたのは初めてだ。
元々山歩きを始める前から地図を見ることは好きだったが、地形図をより深く読みたいと思い最近になって独学を始めたところで、いきなり本当に良い経験をしたと思う。

 とはいえ、この時点ではどこでどう間違えたのか整理し切れていなかった。今日の記憶が新しいうちに、確認の意味も込めて今度こそ道畦谷北尾根を登っておこうと思い、
この時に早くも次回の山歩きの行き先が決定した。(このレポを記述している現在、既にリトライ完了したおかげで道畦谷付近の地形を整理することがかなり出来ている)



9:50 荒地山山頂(549m)到着

 きつねにつままれたような思いの中で荒地山山頂へ到着。結果として今日のルートが一部短縮された感じだ。
荒地山山頂は自分以外誰もいないが、くまんばちが盛んに飛び回って羽音が賑やかだ。くまんばちは虫好きな友人が「くまさん」と呼んで親しんでいて、図体のでかい
見かけによらずおとなしいハチであり、休憩している自分の周囲を飛び回っていても問題はない。それよりも汗の臭いにつられて寄ってくるコバエがうっとおしい。
そろそろ虫除けスプレーが必携の季節に入ったようだ。

 今日の一番のハイライトと考えていた荒地山を登った後は、続けて澄んだ景観を楽しめるルートをと考えて、六甲最高峰南山麓を反時計回りに歩く。
とりあえず魚屋道に出て北へ向かう。


10:05 なかみ山(536.7m)を通過

 荒地山山頂からしばらく下ってコルを通過した辺りがミニピークとなっている。山と高原地図「六甲・摩耶」でなかみ山と記されているのはこのミニピークだと思われる。(左)
トラックの北側の茂みに踏み跡があり、立ち木の枝に「なかみ山」と書かれている。なかみ山はおそらく山塊、山域を指す呼称のような気がするが、その由来とは何なのだろうか。
油コブシなどと同じく、山名の由来が気になる山の一つだ。


10:00

 上記のミニピークは現在地特定の参考になるだけで景観を楽しむことは出来ないが、少し西へ進むとおなじみの好展望地に辿り着く。
初めての景観ではないが、澄んだ空気と目にも鮮やかな緑のおかげで、いつにもないハイコントラストな景観を楽しむことが出来た。


なかみ山から西方の景観。打越山が指呼の距離である。



山並みの向こうには神戸の街と大阪湾。何度見ても飽きないが、いつにも増して山も海も色鮮やかだ。



 ひとしきり景観を楽しんだあとで魚屋道へ向けて下っていく。


魚屋道へ向けて森歩き

 この辺りの雰囲気はとても静かで好ましい。踏み跡は散開しているように見えるが、どれを辿っても魚屋道へ出るだろう。


10:36 魚屋道へ出る。

 雨ヶ峠まで黙々と歩く。歩き慣れたところだけにウォーキングに集中できる。気のせいか以前よりも階段道が整備されていたような気がする。


11:05 東お多福山の草原へ出る

 今日の行程の2つ目の目的地は東お多福山。きれいな青空の下で、草原もより一層緑が鮮やかだ。

 実は草原へ出る前にも三角点横を通過するシーンを撮影しようと思ったが、その前のベンチでおっちゃん一人が寝転んでいたので遠慮した。


日差しは強いが心地良い風が草原を吹き抜ける



東お多福山のハイライト。なめらかなうねりの草原歩き。



東お多福山山頂付近よりごろごろ岳を見下ろす。そういえばごろごろ岳からは東お多福山を見渡せるポイントが少ない。


11:26 東お多福山山頂(697m)到着

 ちょうど良い時間だし、ここで昼食にする。


11:50 東お多福山出発

 次は蛇谷北山を目指す。土樋割峠までは殆ど下り一方の心地良いトラックが続く。東お多福山は北と西斜面は普通に森が広がっているが、同じ山塊でも土質が違うのだろうか。


11:58 土樋割峠通過 (630m+)

 昨年秋に通過した時は何か工事中だったが、既に終わったようで周囲は静寂に包まれている。
蛇谷北山は以前に一度下りで歩いたことがあるが、登りは今回が初めてだ。急坂が続くのは承知しているので、気合を入れて登りにかかる。
土樋割峠からの蛇谷北山への取り付きは2つある。おそらく従来からのものと、工事中に整備された迂回用の階段。従来あったほうと思われる踏み跡から入ったが、
そちらのほうがスムーズに取り付けるだろう。


蛇谷北山への急登

 土樋割峠(630m+)から750m標高点辺りまでは延々と急坂が続く。一歩一歩ぐんぐん標高が増し、すぐに東お多福山が木々の向こうに同じ高さに見えるようになる。
ここで下り途中の男性ハイカー1人とすれ違う。今日、蛇谷北山で出会った方は一人だけ。おそらく本庄橋から七曲を登っていたらやはり賑やかだっただろう。

 この急坂の区間では展望は殆ど皆無だが、東から別の小さい支尾根が段々と近づいてくるのが木々の向こうに見えるのがある程度の目安になった。

 急坂を続けてきたトラックが細い尾根に乗ったところで2方向に分岐する。直進すると以前に通った山腹道、もう一方は細い尾根に乗る尾根道。
以前は山腹道を歩いた記憶があるが、今回は本能的に尾根に乗るほうを選択。この分岐はおそらく震災後に斜面の崩壊のために設けられた迂回路の名残ではないだろうか。
尾根が通行不能ならば戻ればよいということで、試しに尾根を登ってみることにした。

 人一人通れるくらいの細いナイフリッジの区間が現れる。左手は保全工事が行われたと思われる崖になっていて、展望は抜群となっている。
ただ急坂のアップダウンがあるだけの迂回路とはまるで違う楽しい尾根道だ。地形図で750m標高点下に崩壊地が記されているが、既に何の問題もなく歩くことが出来る。(右)

 展望のナイフリッジはあっという間に終わり、再び迂回路と合流する。この辺りの傾斜は緩く、東から小さい支尾根が合流してくることから、現在地は750m標高点と思われる。
一旦は緩やかになるが、すぐに蛇谷北山山頂直下まで突き上げる急坂が再び始まる。これは東から再び支尾根が合流してくるまで続く。

 山頂まで近づいてきたところで、東へ等高線沿いに下るような踏み跡が分岐する。方角からすると奥池のほうへ出ることが出来るのだろうか。


蛇谷北山山頂すぐ下の分岐

 上記の分岐からしばらくの登りで、笹に覆われた山頂直下に到達する。
蛇谷北山山頂はメイントラックから西へ逸れるが、道標と踏み跡があるから見落とすことはないだろう。


12:40 蛇谷北山山頂(836m)到着

 こじんまりとした蛇谷北山山頂に到着。お昼時だったが憩っている人は誰もいなかった。
周囲は木々に囲まれて展望は無いが南側に僅かに窓が開いており閉塞感はない。遥か南方足下には六甲アイランドが正面に見える。

 現地の公設山名標識には標高836m、昭文社「山と高原地図・六甲摩耶」では840m、地形図には標高はおろか蛇谷北山の山名表示も無い。
こういう場合、マイルールで便宜上最も低い836mを蛇谷北山の標高として扱う。なお、芦屋市の最高峰でもある。一方、地元の明石は80mほどの金ヶ崎山(山といえるかどうか微妙だが)があるだけ。
家から歩いて毎日登山出来る山があるのが理想となっている自分にとって、明石は大きく理想から外れた街ということになる。

 遠くに六甲アイランドを見下ろしながら、オカリナをしばらく楽しんだ。毎回同じような曲ばかりだから、もっとレパートリーを増やしたくなってきた。



13:00 蛇谷北山山頂出発

 山頂から北へも踏み跡が伸びており、自然に本線に合流出来る。
蛇谷北山山頂から石の宝殿までは直線距離では近いが、その前に一つコルを通過しなければならない。40m下って80m登る。
コル付近は痩せた尾根になっていて、展望は無いが歩いていて楽しい区間だ。しかし、ごく稀にあることだが、地面に突き出た石のおかげで思いっきり躓いてしまった。
転倒はしなかったが、硬い登山靴に爪先がぶつかる形になって余計に痛い。帰宅後靴下を脱いでみたら何もケガしていなかったが・・。いろんな意味で山は油断禁物だと思う。



13:20 石の宝殿到着

 しばらく東六甲方面の展望を楽しんで六甲最高峰へ向けて歩き出す。東六甲の山々はかろうじて見えるが、やや木々によって遮られる形になっている。



 六甲最高峰へ近づくにつれて、ハイカーの姿がぐんと増える。皆さん、この好天を楽しんでおられるようだ。



13:49 六甲最高峰

 寒くはないが風が非常に強い六甲最高峰到着。なぜか三角点の広場には誰もいなかった。

 下山ルートはまだ未踏だった西お多福山を通ることにした。とりあえず全山縦走路をしばらく西に進む。


14:10 縦走路を外れて西お多福山へ

 車が一台が通れるくらいの幅なのに、中央線が引かれている舗装路を南へ進む。
ここから五助ダムに下るまで誰一人出会うことはなかった。あまり歩かれていない山なのだろうか。


14:16 西お多福山山頂へ

 舗装路沿い西側は小高い丘となっている。地形図でいう西お多福山のピークがありそうということで右手に注意して歩いていたら、カーブを通過した後で踏み跡を発見。
すぐに西お多福山山頂(867m)に到着する。三角点は無い。なお、この西お多福山の情報は地図によって相違が見られる。地形図ではまさにここを西お多福山山頂としているが、
標高は878mとされている。一方、昭文社・山と高原地図「六甲摩耶」では少し東の865mピークを西お多福山としており、今立っているところは単なる867mピークとなっている。

 六甲最高峰や全山縦走路から程近いのにあまり訪れる人が多くないようで、登頂記念プレートも一つしか掛かっていない。
展望も深い森に覆われており皆無である。ピークハンターか、自分のようなあまのじゃく以外の方にはあまりお薦めはしない。

 この山名からして、比較的新しい時代に名付けられたような気がするし、このなだらかな山容からしてどこがピークかはっきりしないところが要因ではないだろうか。
結局のところどちらを山頂としてもあながち間違いではないような気がする。というよりもピークが2つあると考えるほうが妥当ではないだろうか。だとするといずれもう一つの西お多福山山頂
(少し東の865mピーク)も踏んでおかなければいけないだろう。



14:19 西お多福山山頂出発

 再び舗装路へ戻って南下を再開する。山頂から西へも踏み跡が伸びているが、どこへ向かうのだろうか。


14:30 住吉谷への長い下りが始まる

 下り一方の舗装路をしばらく下っていくと電波塔の東を通って、住吉谷へ下るトラックが始まる下山口を発見。正面には広場が見える。念のために調べてみたが行き止まりになっているようだった。
戻って久しぶりに山道に入る。利用度は低いトラックのように思えるが驚くほど歩きやすい。地形図では幅広い等高線がずっと下まで並んでいるので、とてもなだらかなトラックだ。
下り一方かと思っていたが、電波塔が見えてくる辺りだけ少しだけ登り返す。しかし等高線にも現れないのでその起伏は僅かだ。


 東お多福山と同じく本当になだらかな山容で、笹原が広がるところなどは本当にそっくりだ。東と西の両方で「お多福」と名付けられた理由が納得できた気がする。

 しばらく山腹道が続いたが、少し西へ回り込んだところから延々と尾根を下り始める。本当にずっと同じところを歩いている錯覚にとらわれるほど変化に乏しいが、膝に優しいなだらかな下りだ。
現在地確認が難しいシチュエーションだが、尾根が狭まったり広がったり、また途中で平坦地を横切ることである程度特定することは可能だ。

 基本的に六甲山は道標が完備されており、本当に地図読みの必要に迫られるシーンはあまり無いように思える。でも普段から地形図を読みつつ歩くクセをつけておくことは
非常に良いことだし、面白いことだと思い至った。保険というかいつでも何かの助けになることを確保しておくことは大事だと考えている。

 それは山歩きだけではなく、あらゆることにも通じることで、例えば戦後60年殆ど同じ政党に政権を任せ続けていることも危険だと思う。
自分は民主党に政権交代したらそれでめでたしとは思っていない。それでも何かヘマをしたら政権を取って代わられるとなれば、今までとは違う緊張感のある政治になるのではないだろうか。
そうなったら「5万円以上から領収証を添付する。過去のことは不問に付す」、などと眠たいことを言っていられなくなるはずだ。自分はアメリカはあまり好きではないが、
二大政党制はぜひ習うべきことだと思っている。NZでも二大政党が拮抗した勢力を持っていて、絶えず交代を睨みつつ国政を担っている。NZでは行政改革などは既に80年代に終わった話だ。

 これからの世代のこともあるが、今実際に800兆円を越える借金を生み出してきた、政治の結果責任が現与党の誰にもないとはもちろんいえないだろう。
パフォーマンスに惑わされず、冷徹に監視、観察、そして投票による参政権行使を続けることが大事だろう。といっても、今朝方尾根への取り付きを間違ったばかりの自分が言っても
説得力に欠けるかもしれないが・・。常に分析、そして失敗を次につなげなければ。





15:02 550m+ピーク、打越山が見えてくる

 西お多福山からの長い下山の途中には等高線の閉じた550m+ピークがあって、現在地特定の大きな目印になる。地形図では破線道がピークを通って西山腹へ向かうように記されている。
実際にはピークへ登る細い踏み跡はあった。(その先は未確認。次回は確認しよう)メインルートは550m+ピークの東山腹をトラバースして東へ下っていく。
トラックはあくまで緩やかなまま住吉谷へ下っていく。


15:10 住吉谷右岸道へ合流

 まだ未踏の右岸道だが、この辺りでは大きく住吉谷から外れて高巻きをしているようだ。分岐からも相変わらず幅広で緩やかなトラックが植林の中を下っていく。
ほどなく住吉谷の水音が聞こえてくる。長かった西お多福山からの下りがようやく終わった。


15:18 今日初めて住吉谷と出合う

 ここからは沢沿いを伝う気持ちの良いトラックが続く。やはり水の流れの側は涼しくて最高。沢歩きの季節も近いようだ。


15:33 西滝ヶ谷出合(左)

 しばらく下ると西滝ヶ谷と分かれる沢の出合を通過する。これでやはり西お多福山の下山ルートが地形図の破線道よりもかなり東に下ってきたことが分かる。
西滝ヶ谷、水晶谷はまだ未踏の谷であり興味津々だが、もちろんまたの機会にということで今日はお預け。しかし、昭文社・山と高原地図「六甲摩耶」では水晶谷を指して、
「この地域は危険。熟練者以外は入らないよう」と書かれている。これは困った。


15:38 五助山出合(右)

 六甲ガーデンテラス東で見覚えのあるのと同じ道標が立てられている分岐に差し掛かる。「 ! 右への道は熟練者向きコースです。迷いやすく危険です。」とある。
右への道の行き先は書かれていないが、おそらく五助山とみてほぼ間違いないだろうと思われる。五助山への取り付きは複数あるようだから、ここもそのうちの一つかもしれない。


15:41 住吉谷を渡渉

 五助山出合を過ぎてすぐに住吉谷を渡渉するところに出てくる。さほど水量が多い日ではなかったが、それでも靴を濡らして渡ることになった。(靴の中までは濡れていない)
大雨の次の日などは渡渉に難儀すると思う。ここは要注意だ。渡渉地点で渡らなければ、南へ細い踏み跡があったが、ヤブの深い時期にはあまり入りたくない雰囲気だった。
おそらく五助尾根の末端付近に通じているのではないだろうか。

 今日は素直に渡渉して左岸へ渡る。


15:48 住吉谷左岸道へ合流

 短い登りを経てすぐに見覚えのある左岸道に合流。石畳が敷かれている区間で、やや沢からは離れている。


15:53 五助ダム北の名も無き池に出てくる(左)

 ここまで下ってくるとほっとする。微妙に風があって水面は鏡にはなっていなかった。通過時に水面を見ていたが、それほど広い池ではないのに多くの魚が住んでいるようだ。

 池を過ぎて、五助尾根取り付きへの分岐を2箇所過ぎると、お気に入りスポットの短いボードウォークを通過。周囲は本当に静かで流れる水音のみ。
ダムで出来たとはいえ、この自然のオアシスである湿地帯のようなエリアは大事にしたいものだ。

 石切道、打越山分岐にある大きな地図の前で外国人男性ハイカー2人と出会う。久しぶりに英語を話したがやはり日本語の使い過ぎで感覚が鈍っていて残念だ。
それでもどうにかこうにか会話は出来た。有馬へ行きたかったようだが、もう夕方4時だから日暮れまで時間が短すぎると伝えた。とにかくどこか歩きたかったらしく、それではと
程近い打越山を薦めるとそちらへと登っていった。打越山なら日暮れまでに下山出来るだろう。展望地とかで出会うとゆっくりと話が出来るのだが・・。

 五助ダムを過ぎると後は街へのルートだが、今日は時間も遅いし明日は休みではないので、初めてくるくるバスを利用することにした。
五助ダムから広い林道を南下し、そのまま分岐も直進するとすぐに住吉台の住宅地に出る。そして一つ目の角で右折するとすぐにくるくるバスのバス停だ。


16:20 くるくるバス エクセル東バス停到着

 出発10分前に到着。このバスは15分に1本の感覚で運行されており、五助ダム周辺を起点に歩く際には非常に有用だと思う。
料金は市バスと同額で1回200円。西の渦森台へは市バス、東の住吉台ならくるくるバスと使い分けようと思う。余裕があれば阪急御影駅まで歩きたいところだが。
この時間帯は街へ下りる便は空いていて、ゆったりと心地良い疲れの中で車窓の風景を楽しみつつ住吉駅へ向かうことが出来た。

 今日はいろんなことがあったが、好天の元での収穫の大きい山行となった。


 今回の失敗を受けて、再び荒地山を歩くことになる次回の山行レポはこちら・・・ 「07年5月15日 荒地山リトライ〜打越山」へどうぞ。


今日の行程の断面図です




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